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鳥を記す

はじめまして。さいたま市とその周辺で、野鳥を中心とした自然観察を楽しんでいます。おもに鳥についてのブログになると思いますが、鳥の写真はありません。風景と植物だけです。

バトルの秋 その1

バトルの秋 その1

 繁殖期には、いろんな場所でいろんな鳥の争いが勃発する。1対1、ペア対ペア、同種同士はもちろん、異種混合もある。何しろ、つがいの相手や縄張りの確保、言いかえれば自分の遺伝子の存続がかかっているのだ。みんな気が立っていて、一触即発状態なのだろう。

 秋にも争う鳥がいるが、繁殖期と違って、その理由がよくわからないことがある。わかりやすいのはモズ。やかましいほどの高鳴きに、取っ組み合い。縄張り争いである。晩秋に渡ってくるジョウビタキの争いも、縄張りの攻防戦である。雄同士、雌同士、雄対雌、両性入り乱れての三つ巴。あっちでもこっちでも小競り合いが繰り返された後、毎年だいたい同じような縄張りに収まる。

 

 秋の争いの理由がわからない一例がイソシギである。彼らの場合、争いといっても取っ組み合う訳ではない。鋭く鳴きながら、一羽がかなり執拗にもう一羽を追いかけ回す。彼等は雌雄同色なので、どういう理由なのか想像がつかない。成鳥が幼鳥を追い回しているなら、「子別れ」と考えられる。羽縁を見れば成・幼の識別はできるが、双眼鏡だけだとそこまで見えないことの方が多い。結局、解明をあきらめてしまう。

 もしかしたらイソシギも、モズやジョウビタキ同様、秋から春は一羽だけの縄張りをかまえるのかもしれない。確かに、彼等はたいてい単独行動をしている。複数でいるのは繁殖期から育雛期、そして秋のバトルの時だけのような気がする。ある夏の日、4,5羽のイソシギが一列、縦に並んで川辺を歩いていた。こんなシーンは40年間鳥を見ていて、一度しか見たことがない。

 一羽だけの縄張りをかまえるなら、他のイソシギはすべてライバルである。子供も配偶者も例外ではない。縄張りから出て行ってもらわなければならない。これからのきびしい季節は、自分の食べ物を確保するのが第一優先だ。生活、というよりも生命がかかっているのだ。そう考えれば、とにかく執拗なあの追い回し行動が納得できる。

 ちなみに、私の好みの問題であるが、イソシギはやはり一羽でいるのが似合っている。一羽のイソシギがいると、自然度の高い水辺はもちろん、三面コンクリートの水路のような場所でも、なんとなく絵になる。一方、前述の一列縦隊のイソシギは、どこかぎごちなく、絵になるというよりも、つい吹き出してしまうような滑稽さがあった。

<家族で過ごすことに慣れていない>…そんな雰囲気があったことを思い出した。