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鳥を記す

はじめまして。さいたま市とその周辺で、野鳥を中心とした自然観察を楽しんでいます。おもに鳥についてのブログになると思いますが、鳥の写真はありません。風景と植物だけです。

ほんとに短い? カラスの行水

 雨の後、畑にできた小さな水たまりで、ハシボソガラスが水浴びを始めた。まず頭部を豪快に水に突っ込む。続いて、これまた豪快に翼をはばたかせ、水面に叩きつける。水しぶきが全身にかかる。いわばシャワーである。頭を突っ込む→全身シャワー。これを2セット繰り返したところで畑の脇の小道に上がる。おそらく1分もたっていなかっただろう。ほんとうにカラスの行水だ!と思ったら、また水に浸かって、頭を突っ込む→全身シャワー。今度は4セット繰り返し、また道へ引き上げる。なんとなく落ち着かない様子で、あたりを見回す。

  私の視線が気になるのかもしれないと思ったので、少し移動し、姿勢を低くして見ていた。するとまた、水たまりに入る。やはり見られているのが嫌だったようだ。そりゃそうだな、対象が人間だったら立派な犯罪だ、などと思いながらも観察を続ける。今度は長い。「頭浴」「全身シャワー」を延々と繰り返す。十何回か数えたが、数えるのが面倒になった。あとはただ眺めていた。そこへ、自転車に乗った人がやってきた。ここでようやく、カラスは長い入浴をやめて飛び立った。自転車が来なかったら、まだ続けていたかもしれない。

 

 結論:「カラスの行水」はけして短くない。ところで、なぜ「カラスの行水」が入浴時間の短いことのたとえになったのか、考えてみた…昔むかし、あるところに、鳥の行動を観察するのが好きな人がいた。この人はある日、水浴びをしているカラスに出会い、興味しんしん、今回の私のように観察を始めた。するとこのカラスは、私に見られたカラスのように落ち着かなくなり、ちょっと水を浴びたところで飛び立った。「うわっ、早っ!」この人は、その早さに興味を持ち、その後も水浴びをするカラスを見つけるたびに検証を繰り返す。「今度もきっと早いぞ!」「今度こそ新記録!」と、期待を込めてにカラスに近づいてゆく。当然、カラスは落ち着いて水浴びなんかしていられない…

 

 物理学の世界では、人間がある現象を観察すること自体が、その現象に影響を与えてしまうことがあるという。野生生物の行動観察においても、同様のことがあるようだ。